48、会津若松市
飯盛山の名のおこり【飯盛山】

白虎隊の自刃で有名な飯盛山はもとは弁天山といいました。ここには厳島神社すなわち弁天様がまつられているからです。永徳のころ、社殿を造営するために多くの人が働いているところへ、一人の少女が赤飯を器に盛り、牛につけてやって来ました。その赤飯はいくら食べても減りません、さらに不思議なことにその少女が牛を牽いて東の方角に行ったと思うと姿が消えてしまいました。そのあと弁天山を飯盛山と呼ぶようになったそうです。
●参考文献
会津民俗研究会編『会津の伝説』(1973)・『磐城岩代の伝説』(1976)
※永徳のころとは1381年〜1384年
●アクセス
JR会津若松駅から車で10分